先日、「日枝 赤坂神社」にて
「薪狂言」が行なわれました。
私も「薪狂言」は初めてでした。
和泉流とご縁があり、
ご招待していただきました。
境内の中に舞台が設けられ、
本堂の中で神事をするところから始まりました。
まずは
「三番叟」 揉の段(もみのだん)」
和泉流の宗家和泉元彌さんがふまれました。
「ふむ」とは、三番叟の足使いより来た言い方だそうです。
日舞で言う「トン」ですね。
地を踏み鳴らし邪気を払う。祝言曲
生の鼓が「ポーン」と始まった時は、
「いいなァ、、」なんて思いながら。
二番目は
「附子(ぶす)」
私の小学生の時には、「中国の故事」として載っていた記憶が。
「矛盾」と共に並んでいた気がします。
お話はこんな内容です。
山ひとつ向こうへ用事に出かける主人は、
太郎冠者と次郎冠者に留守番をするよう言いつけます。
特に「附子」という猛毒に気をつけるように言い置くが、
二人は器のふたを取って全て食べてしまう、、。
実は砂糖であったのだ。
二人は言い訳のため、掛け軸を破り、天目茶碗を割り言い訳をするが、、、。
「申し訳がたたないので、猛毒だという附子を食べ死のうとしたが、、」
『一口食べども死なず、、二口食べども、、死なず、、」
ワンワンと泣き崩れる二人もなんとも面白く、
定番ではありましたが、思わず「ふふっ」と、、、。
三番目は
「靱猿(うつぼざる)」
これは野村まんさいさんもお子様とやられてTVでも特集がやっていました。
親子で演ずるのが有名ですね。
娘さんの「和泉采明」ちゃんの初舞台。なんと四歳!!
日枝赤坂神社の神様も「猿」
能楽堂にての初舞台を済ませてからの舞台だそうですが、
本当に愛らしく、席を立って一目かわいい小猿の姿を見よう、、
開場から歓声が上がりました。
狩りを好む大名が野遊びに出かけた道すがら、猿曳きに出会う。
自らの靱(狩道具の弓矢を入れるもの)に
「猿の皮をかけたい」 と、
曳いている小猿を渡すように迫ります。
渡さねば共々成敗いたすと言われ、
猿曳きは泣く泣く猿を討とうと鞭を振るうが、、
猿はそれを芸の稽古だと思い、無心に芸を披露する。
猿曳きは
「この上は自分も一緒に成敗されよ」
と泣き崩れ、大名も両者の絆に心を打たれ、命を助ける、、。
助けていただいたお礼に
小猿に芸を披露させる、
大名も楽しくなり、猿と一緒に舞い始め、、
とにかくとにかく小猿がかわいい、、。
「月を、、、」
と言われ、月を眺める仕草をしてみたり、、
楽しくなった大名も、真似て一緒に遊びます。
最後には三歳になる「和泉慶子」ちゃんの
「鶴亀の舞」
も披露されました。
これは、「舞」といっても
舞うのではなく、きちんと座ってお扇子をおき、
ご挨拶の口上のような物。
基本的な発声などが入っているらしく、とてもかわいい姿でした。
何かと話題が多かった「和泉流」ではありましたが、
古典という物を通してみれば、歴史ある由緒ある芸なのだと感じました。
女性の狂言師「和泉淳子さん」「三宅籐九郎さん」
私は始めて女性の狂言を拝見しましたが、
舞台に立てば何も違和感もなく、楽しく見ることが出来ました。
元彌さんはやはり女性に比べ声もよく通っておりました。
昔の狂言のイメージは
「何を言っているかわからない、、」
「眠い、、」
そんなイメージがあったのですが、
久しぶりにみて、純粋に楽しめる事が出来、
また、来年も来たいという思いになりました。
狂言って、子供にはいいかもしれませんね。 遊びながら、古典に触れられるいい教材かもしれません。
附子、懐かしいです。小学校6年生の国語の授業で教えたことがあります。狂言に親しもうというタイトルで日本の伝統芸能に触れることが目的でしたが、みんなでこの演目を楽しみながら演じてみたりしました。狂言っていいですよね。